悲劇にはまだ早い

発達障害な私の備忘録。

ひとりごと

※オチなし

 

働くことにも少しずつ慣れてきたこの頃、よく考えることがある。

労働って結局なんなんだろう。

 

労基法なんて守ってたら、会社が成り立たないよね」と、誰かが言っていたのを思い出す。特定の誰かではない。多分、何人かの口から聞いた。

自分もいくつかのアルバイトを経験したが、どこも勤務時間は15分刻み、端数を切り捨てる形だった。つまり1時間働いても、1時間14分働いても、発生する賃金は1時間分だ。

ひどいところでは「ぎりぎりまでトイレ掃除してろ」という会社もあった。クソ食らえ! と思っていたら数年後にブラック企業大賞受賞しててちょっと笑った(すぐ辞めた)。賞自体に賛否があることはともかく「まあ、そうだろうな」と思う会社だった。

 

そして心の支えになったものも、同じように働いている周りの人たちだった。一度、夜通し「労働」について友人と語り明かしたことがある。

・「早く来て遅く帰れ」は時給制と矛盾している

・制服を自腹で買わせるのはおかしい

・1分単位でお給料出してほしい

・ていうか求人と実際の内容が違うってどうなのよ

話は尽きることなく続いた。日頃の不満は不思議と明るい声となって口から出た。そして話題は、最初に出てきた言葉に移る。

 

労基法なんて守ってたら会社が成り立たないよね」なんて言わないでほしい。今そうだとしても、諦め混じりで下の世代にそんなことを伝えたくない。守ってなくて当たり前の空気を作っている時点で、他の人の労働の価値を下げて、世の中全体を悪い方向に動かしてしまってることに、なんで皆気付かないんだろう。それは気遣いや思いやりではなく、同調圧力なんじゃないか。

必要なのは形だけの法律ではなく、一人一人が声を上げて変わっていくことなんじゃないか。自分たちが働き始めたときに「え?」と思った部分が、10年後も残っていてはいけない。10年後の若い人が同じ思いをするような社会にしないために、今動くべきは、自分たちの世代ではないのか。

 

みたいなことを、どちらからともなく深夜のテンションで話し続けた。けれど今見ても、そう間違ったことは言っていない。

とにかく、同じ考えを持っている人がいると思っただけで、心細さが随分和らいだことを覚えている。

 

恐らく、似たようなことを考えている人は少なくない。ただ現場で声を上げるのは難しい。若い世代の意見は、ともすれば「一人前にもなっていないくせに偉そうなことを言うな」と(一番届いて欲しいタイプの人に)一蹴されてしまうこともある。平均年齢の低い企業でもなければ、一人で発信していくのは少し無理がある。

数を補強して、意見をよりしっかりさせたい。そして一人で悩む人を減らせるようなコミュニティはないだろうか。あるいは作れないだろうか。

 

生きるために働く。生きている人は皆幸せになる権利がある。

全ての労働を幸せにすることは難しい。けれど、労働から不幸を取り除くことはできるのではないか。

幸せになるために働いてるんですよ、と胸を張って下の世代に言える大人になりたい。

そう改めて思う。